会員の声。はぎちゃん。第2・第3の家を。

ガラガラガラ。ジージージー。

「お疲れさまでーす」

「おー、はぎちゃんお疲れー!」

晴れ間に入ると、大抵は雅斗さんやさだっちさんが迎えてくれる。そして、次は誰がその戸をくぐるかワクワクしながら穏やかな気持ちで過ごす。時には久しぶりに晴れ間を訪れた人を囲んで思い出話や近況報告をしたり、また時には共通の趣味の集まりでワイワイ過ごすこともある。

そして、一緒にご飯を食べたりそれぞれの悩みを打ち明けているうちに、あっという間に楽しい時間は終わってしまう。

晴れ間はホントに家のような場所で、晴れ間に来るとその日にどんな嫌なことがあったとしてもいつの間にか忘れてしまうような、そんなホッと落ち着ける空気がそこには充満されている。

ここで身体いっぱいに元気を補充して、次の日からまた厳しい外の世界で闘っていく。みんなが晴れ間を訪れるのは、そんな理由かもしれない。

晴れ間はよく家だとかいわれる。でも家という一字では的確に表現し得ないだろう。そこで今回は、3つの言葉を掛け合わせて晴れ間を表現してみよう。

1.基地

晴れ間という場所。家というよりは、晴れ間からそれぞれの夢や目標に向かって羽ばたいていく意味も込めて、「基地」という表現の方がしっくりときた。

子どもの頃には秘密基地や友だちの家で、毎日いつものメンバーで集まって遊んでいたという人も少なくないと思う。単に皆が集まることが目的という点では、子どもの頃に日が暮れるまで誰かと遊んでいた純粋な感覚と晴れ間を利用する理由は近いのかもしれない。

2.親戚

晴れ間に集まる人たち。家族というほど距離が近くないと考え親戚という言葉にした。年末年始の親戚の集まりのように、こちらも「集まるために集まっている」。

晴れ間が紹介制であり、広くすべての人が利用できるわけではないこともうまく言い表していると思う。

3.協働

晴れ間で何をするか。一時期「コワーキングリビング」という表現が晴れ間ブログで使われることもあったことと、単純に自分が「協働」という言葉が好きなことから決定した。

自分の仕事の悩みを解決に導くアドバイス、誰かが語った夢に対しての応援や情報提供、晴れ間での会話を機に生まれたイベントや取り組み。晴れ間の利用者で構成された歴史会や日本酒会など、最近では定期的に開く趣味の集まりも増えてきている。

出石町の存在意義とは?

ここまで書くと、「別に晴れ間がなくなっても同じ人たちと違う場所で集まればいいじゃん」このように思う人がいるかもしれない。

しかし、出石町にあって古民家で、存在を知らない人はよっぽどのことがない限り足を運ばないような、あの晴れ間でなければいけないと私は感じている。出石町という地域にとっても若者が集まる場所があることはプラスでしかなく、多少なりとも地域を盛り上げるのに一役買っているはず。

そうは言いながら、私はそれほど出石町にどんなお店があるのかを知らない。3年以上晴れ間に通っているが、晴れ間以外にはこれまであまり行く機会がなかった。

折角だから「ご近所のことをもっと知るツアー」でも開いて、出石町についてもっと知ることができたらなと思う。(誰か一緒にやりましょう…!)

最後に

晴れ間には癖がすごい人たちが集まる。私も晴れ間の住人に影響を受けまくり、今では私が一番ぶっ飛んでるやつになってしまったらしい。人間どんな環境に身を置くかが本当に大切ですね。

長い間、晴れ間では自分が末っ子で、自分より下の子がなかなか晴れ間の住人とならないことに変なモヤモヤを感じていたが、その懸念もそろそろ解消できそうな気がしている。

私には夢がある。いや正確には最近できた。

『晴れ間の支部をつくる』

これが今、私が目指していること。一時期、岡大支部を作りたいなんて思っていたが、中途半端に挫折してしまったため、今度は時間をかけて準備していきたいと思っている。

どこまでできるかなんてわからないし、多くの人が賛同してくれることでもないだろうが、「夢は誰かに話した方が実現する」と聞いたこともあるので、ここに宣言しておこう。